東日本大震災⑮その時は突然に

インフラ設備の仮復旧には至っていませんでしたが、市内のクリニックのうち被害の軽かった所は、給水車や発電機を使用して、かかりつけ患者さんなど限定的ながら診察を再開し始めました。また、市内中心部での捜索活動は目途が立ってきたため、徐々に郊外へシフトしていきました。郊外の孤立地域の多くは山間部や沿岸地域が多く、がけ崩れやぬかるみのため連絡手段が限られ詳細が分からない状態でしたが、支援部隊が到着したことでそれら地域への増派が可能になりました。

衛生においても医療班が増えたことから派遣エリア拡大が期待され、午前のミーティングでもこれまで海水に行く手を阻まれて訪問できなかった地域への支援について話し合われました。今回の増援で装備も補充され、巡回診療にもボートの使用が可能となったことから、ゾディアックと呼ばれるボートでの上陸が試みられることとなりました。

【画像】ゾディアック。日米合同演習アイアンフィスト2018 USAミリタリーチャンネル

空自の衛生隊ではめったにお目にかからないボートでの作業に、隊員一同色めき立ちました。我々は一度巡回診療を経験していますから、今回お鉢は回ってこないだろうと羨ましい気持ちで見ていました。まあ明日以降にと気を取り直して会議に参加していましたところ、会も終盤、各部隊が動き始めようとしたときでした。「なお、岐阜病院には幕より帰還命令が出ている。」と予想だにしなかった撤収命令が伝えられました。全体が高揚した雰囲気に包まれている中で、我々のみ活動終了という突然の命令にあっけにとられました。活動が軌道に乗り始めた今、帰還?と信じられない思いでしたが命令には逆らえません。これは発災直後に派遣された第1次隊員への負担を考慮しての撤収命令だったと後ほど聞かされましたが、退院の間では「自分は何のために自衛隊に入ったのか」と不満が噴出いたしました。それまで長らく平穏でしたので、有事の今こそ国に恩返しをという気持ちを強く持っております。何度も志願して災害派遣に参加した隊員がいたように、隊員達の思いは同じだと思います。派遣も撤収も突然、我々は即応組織だからといえばそれまでですが、少なくともあと1週間滞在できれば・・と煮え切らない思いが残ることになりました。

→東日本大震災⑯に続く

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