翌朝、これからの活動に盛り上がりを見せるミーティングを尻目に出発の準備をしていますと、突如彼らからため息が漏れてきました。他人の不幸は蜜の味、朝から彼らがまぶしく見えていた分、予期していなかった反応に俄然興味がわいてきました。傍耳を立てていますと、どうやら予想以上に水没エリアの排水が進んでいたことから、お目当てのボートは使用できず、ぬかるみの中を車両で突破することになったとのこと。彼らの重だるい雰囲気をみて「それはそれは、ご苦労さん」と、心も軽く撤収作業にいそしみました。
午後、我々は衛生隊に出発の報告を済ませたのち(件の隊長からは労をねぎらってもらいました)、増援部隊の行きかう喧騒の中マイクロバスで待機していたのですが、なかなか出発しません。1時間は待機していたでしょうか、気だるい雰囲気の中、ドライバーが他部隊のバスに話しかけたのですが、相手の返事を聞いた途端、何の脈絡もなく罵声を浴びせる事態が起きました。やり取りはごく自然で和やかな会話だったものですから、相手方も我々もあっけにとられてしまいました。人知れず積もったフラストレーションによるものだったのか、後で「自分でも何で叫んだのかよくわからない」と反省しきりでした。

夕闇が迫るころに松島を出発し、比較的順調に三陸沿岸道路に乗ることが出来ましたが、高速道路とは名ばかりで時速40kmの速度規制は続いていました。本来であれば、煌々と輝くはずの道路照明灯の消えた漆黒の道路を南下していきますと、夜目になれた我々の目に、突如まばゆい夜景が飛び込んできました。その景色のきらびやかさに「仙台か!」との声が起こり、車内は喜びに包まれました。津波や原発事故で意気消沈していた所に仙台が健在であることが分かり、冷え切っていた我々の心に一気に温かみが戻ってきました。

電源喪失エリアから煌々と光る夜景を眺めることで電気のありがたみをしみじみと味わったわけですが、この光輝く夜景が強烈だったためでしょうか、漫画「北斗の拳」天帝編に登場する中央帝都のワンシーン、帝都に搬送される囚われの市民の驚愕した表情が思いだされ、しばらく脳裏から消えませんでした。

無事東北自動車道に入り、安達太良サービスエリアに立ち寄ると、往路と打って変わって多くの自衛官でごった返していました。緊急招集だった我々は私服の防寒具を例外的に許可されていましたので、以前ペトリオットミサイル射撃訓練(ASP)の際にFort Bliss基地(テキサス州エルパソ)で購入した、米軍の迷彩柄ゴアッテクスパーカーを羽織っていたのですが、事情を知らない陸自隊員達は驚いたような、戸惑った表情で私を見つめていました。同僚曰く、米軍迷彩は陸自迷彩の中では場違いなほど目立っていたようで、あるいは私に規則違反と一言モノ申したかったのかもしれませんが、襟元の2佐の階級章をみて断念したのかもしれません。「これだから空自は・・・」との小声が聞こえて来そうな瞬間でした。

陸上自衛隊の迷彩柄は、日本の様々な山野の風景をコンピュータ処理し、日本の気候風土に合った迷彩パターンをデザインしたものですから、迷彩同士とはいえ自然の植生の違うアメリカの、ウッドランドパターンの迷彩柄はかえって目立ってしまったようです。何気なく着用している迷彩柄一つをとっても、綿密に検証された末に正式採用されており、その効果を実感することになりました。
往路同様、入間基地に着いたのは明け方近くになりました。
