植木鉢

 時にはクリニックでの診療は大病院より難しいことがあります。大病院の場合紹介状があることが多いので、診察時にはある程度病気の目星がついています。しかしクリニックに来られる患者さんは日常生活で生じた体の不具合で来院されますので、問診の何気ない会話から病気を見つけ出す必要があります。多くは一般的な病気が中心ですが、たまにびっくりするような病気の方が来られることがあります。今回はその中で肝を冷やした例をご紹介します。

症例:70代女性

主訴:腰痛

現病歴:今朝庭掃除中に植木鉢を持ち上げた瞬間腰痛が生じた。持病の腰痛再燃と思い安静にしていたが、疼痛が辛くて来院。

既往歴:腰椎ヘルニア

現症:バイタル安定、意識整。麻痺なく歩行可能。下肢へのしびれはない。血液、尿、レントゲン検査を行ったところ、炎症反応上昇(CRP6.7mg/dL)以外異常なし。

私も植木鉢でぎっくり腰になったことがあるので、「それは大変でしたねえ」と雑談を交わしながら診察を進めていきましたが、患者さんの訴える痛みがぎっくり腰のそれとは微妙に違うことと、血液検査の炎症反応CRP(正常値は0.14未満)が高すぎる点が気になり、念のため病院へ紹介することにいたしました。

診断:腹部大動脈解離

幸い破裂には至っておらず全身状態が落ち着いていたため、ステントグラフト内挿術で無事退院されました。

考察:基礎疾患として高血圧、脂質代謝異常をお持ちであったことから、これら疾患をベースに動脈硬化が進み、植木鉢を持ち上げた際の急激な血圧上昇が解離を引き起こしたものと推察されます。 大動脈は内膜、中膜、外膜の3層で構成されますが、中膜がなんらかの原因で裂けて、そこから大動脈の壁内に血液が入り込んで、あたかもミルフィーユの層が分かれるように、メリメリと壁が縦方向に裂けていく状態が大動脈解離です。怖いことに何の前触れもなく、突然胸や背中の激痛とともに起こります。痛みについてですが、上から下へ、患者さんはあたかも竹が縦に割れるようなイメージだとおっしゃいます。さらに動脈瘤を形成して破裂しますと、ショックとなり命の危険性が高くなります。この方は上のシェーマでいう3番まで進行していました。

 日常生活での高血圧、高脂血症、糖尿病、喫煙などが大動脈瘤の発症に大きくかかわっています。その予防には、こうした危険因子を避けることが極めて重要です。